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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)6087号 判決 1997年1月28日

原告

甲野春子

右訴訟代理人弁護士

松田繁三

被告

日本電信電話株式会社

右代表者代表取締役

児島仁

右代理人支配人

貝淵俊二

右訴訟代理人弁護士

高野裕士

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金一一一万三八〇〇円及びこれに対する平成七年五月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が、被告に対し既に支払ったダイヤル通話料につき、いわゆるダイヤルQ2利用にかかる通話料及び情報料の支払義務がないとして右ダイヤル通話料の返還を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  当事者

被告は、電気通信事業を目的とする会社であり、電気通信事業法にいう第一種電気通信事業者である。

原告の夫甲野太郎(以下「亡夫」という。)は、被告との間で、電話番号〇七二六―三五―七四六九番の加入電話(以下「本件電話」という。)につき加入電話契約を締結していたが、平成元年六月二二日に死亡した。その後も本件電話は亡夫名義のままであったが、その電話料金は原告名義の銀行口座(以下「原告口座」という。)から自動引き落としの方法により支払うようになった。なお、原告は、平成二年当時、長男甲野一郎(以下、「長男」という。)及び次女甲野秋子(昭和四七年五月一日生まれ。以下、「次女」という。)と同居しており、後述のとおり、次女が本件電話からダイヤルQ2を利用した。

2  被告の電話料金請求

(一) 平成二年九月一〇日すぎころ、被告から原告に対し、同年九月分の電話料金合計三五万九〇六五円(うち同年七月二一日から同年八月二〇日までのダイヤル通話料三三万五〇二〇円)の請求書が送付された。そこで、原告が、被告茨木支店に問い合わせたところ、ダイヤルQ2の利用を指摘され、次女に確認したところ右利用を認めた。その後、同年九月二〇日、右電話料金が原告口座から引き落とされた。

(二) 同年一〇月一三日ころ、被告から原告に対し、同月分の電話料金合計四三万八四八七円(うち同年八月二一日から同年九月二〇日までのダイヤル通話料四二万一一九〇円)の請求書が送付された。そこで、原告は、同年一〇月一五日、被告茨木支店を訪れて本件電話を相続を理由に長男名義に変更するとともに、料金明細登録の手続をした。その後、同月二二日、原告口座から右電話料金が引き落とされた。

(三) 同年一一月中旬ころ、被告から原告方に、同月分の電話料金合計三七万〇〇一七円(うち同年九月二一日から同年一〇月一九日までのダイヤル通話料三五万七五九〇円)の請求書が送付され、同年一一月二〇日、原告口座から右電話料金が引き落とされた。

(四) 原告が被告に対して支払った右電話料金中の各ダイヤル通話料には、ダイヤルQ2以外の通常の通話(以下「一般通話」という。)にかかる通話料のほか、次女のダイヤルQ2利用にかかる情報料及び通話料(以下、それぞれ「Q2情報料」「Q2通話料」という。)が含まれていた。

なお、当時、被告は、右Q2情報料及びQ2通話料を分計していたものの、その記録は残っていない。また、本件電話を収容していた電話交換機は高度機能クロスバー交換機(AXS交換機)であり、契約者から料金明細登録希望があれば全通話先番号が記録され、通話時間を参照すればQ2通話料及びQ2情報料を再計算できるが、電話料金支払完了後一か月が経過すると電磁的記録が消去されるところ、本件電話については、本件ダイヤルQ2利用期間(平成二年七月二一日から同年一〇月一九日まで)にかかる料金明細登録希望はなく、かつ、本件電話料金はいずれも支払期日に引き落とされたため、現時点において一般通話料、Q2通話料及びQ2情報料を分計することはできない。

3  ダイヤルQ2の仕組み等

(一) いわゆるダイヤルQ2は、加入電話契約者(以下「契約者」という。)が被告から情報提供者に対して与えられた「〇九九〇」で始まる一〇桁の電話番号に電話をすると、「このサービスは情報料と通話料を合わせて〇〇秒毎に約一〇円の料金がかかります。」という音声案内があり、電話を切らないと情報提供者から被告の電話回線を通じて有料情報が提供され、情報提供者に対するQ2情報料債務と被告に対するQ2通話料債務が発生し、被告が、契約者からQ2通話料とQ2情報料を回収し、そのうち情報提供者に代わって回収したQ2情報料を情報提供者に渡すものである。ダイヤルQ2の料金の算定方法については、Q2情報料は、被告が定める一二段階の情報料ランク(三分あたり一〇円ないし三〇〇円)の範囲内で情報提供者が設定し、Q2通話料は、一般通話と同じ基準で一〇円あたりの利用可能秒数が設定されており、被告は、右情報料ランクに基づき、Q2通話料とQ2情報料とを合わせて回収するための合成秒数を定め、Q2両者の合計金額を合成秒数に基づいて課金して契約者から回収し、右回収金額からQ2通話料を差し引いた残額をQ2情報料として情報提供者に支払うとともに回収代行手数料(月額一万七〇〇〇円及びQ2情報料の九パーセント)を取得する仕組みになっている。

(二) 被告は、ダイヤルQ2制度の創設にあたり、これを日本電信電話株式会社法一条二項に定める附帯業務として、同法施行規則に基づき郵政大臣に届け出、電気通信事業法三一条に基づく郵政大臣の認可を受けた電話サービス契約約款(以下「契約約款」という。)に、認可を得ずに同約款一六二条ないし一六四条を追加した上で、平成元年七月に東京でダイヤルQ2の運用を開始し、平成二年一〇月にはほぼ全国的に利用可能となった。なお、契約約款一六二条は、「有料情報サービスの利用者(その利用が加入電話等からの場合はその加入電話等の契約者とします。)は、有料情報サービスの提供者に支払う当該サービスの料金等を被告がその情報提供者に代わって回収することを承諾していただきます。」と規定し、同約款一六三条は、Q2情報料につき、ダイヤル通話料の料金月毎に集計してダイヤル通話料に含めて利用者に請求すること、及び、Q2情報料は被告の機器で計算することを、同約款一六四条は、情報内容等についての被告の免責をそれぞれ規定している。

また、契約約款一一八条は、「契約者は、契約者回線から行った通話(その契約者回線の契約者以外の者が行った通話を含みます。)について、通話料の支払いを要します。」と定めている。電気通信役務に対する料金等の提供条件は契約約款に定めて郵政大臣の認可を受けなければならないところ(電気通信事業法三一条)、右約款一一八条は、ダイヤルQ2制度の創設前に制定された契約約款に規定されており、郵政大臣の認可を受けたものである。

二  争点

1  本件ダイヤルQ2利用当時の加入電話契約者は誰か

2  本件ダイヤルQ2利用についての原告の承諾の有無

3  原告のQ2情報料の支払義務の有無

4  原告のQ2通話料の支払義務の有無

5  被告のQ2情報料の利得の有無

三  争点についての当事者の主張

1  争点1(本件ダイヤルQ2利用当時の加入電話契約者は誰か)について

〔原告の主張〕

本件電話の契約者であった亡夫の死亡後、相続人である原告及びその子ら三名の協議により原告が本件電話加入権を単独相続し、その電話料金の引落口座を原告口座に変更して全額支払っていたものであり、原告が本件電話の契約者である。なお、本件電話の名義を亡夫から長男に変更したのは、次女のダイヤルQ2利用をやめさせるために、形式的にしたものにすぎず、実質的契約者は原告である。したがって、次女の本件ダイヤルQ2利用は、契約者以外の第三者の無断使用にあたる。

〔被告の主張〕

本件電話の契約者であった亡夫の死亡後、平成二年一〇月一五日に相続による長男名義の承継申立があり、その間の本件ダイヤルQ2利用当時は、本件電話加入権は相続人らの共有であった。したがって、次女による本件ダイヤルQ2利用は契約者自身の利用にあたる。

2  争点2(本件ダイヤルQ2利用についての原告の承諾の存無)

〔原告の主張〕

(一) 本件当時は、ダイヤルQ2のシステムや料金体系は周知されておらず、悪質業者が参入して公序良俗に反する番組も放置され、予期しない高額な電話料金の請求がまかり通っており、このような状況下においては、契約者が責任を負わなければならないのは、ダイヤルQ2の最低限の仕組みを理解した上で、他人の利用を積極的に承諾した場合に限られるべきである。

(二)(1) 本件において、原告はダイヤルQ2を全く知らず、平成二年九月一五日ころ、同月分の電話料金の請求を受けた際に初めてダイヤルQ2の名を聞き、次女がこれを原告に無断で利用していたことを知り、今後は利用しないよう叱った。したがって、原告が被告に支払った同月分及び一〇月分(利用期間 同年七月二一日から同年九月二〇日まで)のQ2情報料及びQ2通話料は、次女の無断利用にかかるものである。

(2) また、その後においても、原告は、ダイヤルQ2を天気予報のような情報提供番組であると思っていたほか、次女が当時高校生で不登校の状態にあったことから、同級生等に電話して学校とのつながりを保つことを重視したため、ダイヤルQ2の利用を絶対禁止とはしなかったが、叱ることにより利用の中止を期待したものであり、高額なダイヤルQ2の利用を承諾したわけではない。同年一〇月分の電話料金の請求を受けた際には、次女に対しダイヤルQ2の利用を厳禁するとともに、本件電話の名義を長男に変更し、かつ、同人から次女に対し月額一万円以上の電話料金は支払わない旨申し渡して牽制した結果、ようやく同年一二月分からはダイヤルQ2の利用がなくなった。

このように、原告は、次女がダイヤルQ2を利用しないよう努力していたものであるから、同年一一月分(利用期間 同年九月二一日から同年一〇月一九日まで)のダイヤルQ2利用についても承諾していたわけでない。また、後述のように公共性を欠いたダイヤルQ2の状況からすれば、原告が本件電話の管理不行届を理由にその責任を負うべきいわれもない。

〔被告の主張〕

原告が、平成二年九月一五日ころ、次女の本件ダイヤルQ2利用を知った後は、原告において右利用を管理、規制することもできたにもかかわらずこれをしなかったのであるから無断利用とはいえない。

3  争点3(原告のQ2情報料の支払義務の有無)について

〔原告の主張〕

(一) 契約約款一六二条の効力について

契約約款一六二条に定める回収代行制度は、契約者の情報提供者に対する情報料債務が存在することを前提として契約者と被告との関係を規定するにすぎず、情報提供者と利用者ないし契約者との間の情報料債務の発生自体を規定するものではない。そして、情報料債務は、契約者と情報提供者との契約がなければ発生しないところ、本件においては原告と情報提供者との間に何ら契約関係がなく、原告の情報提供者に対するQ2情報料債務は発生しないから、同条によっても原告に右債務が発生するわけではない。

(二) 信義則違反について

(1) 契約約款一六二条は、郵政大臣の認可を受けておらず、ダイヤルQ2事業自体が電気通信事業法三一条に違反する無認可事業の疑いがあるほか、情報料回収代行制度は弁護士法七二条に反する非弁行為である疑いも強い。

(2) また、ダイヤルQ2は、一般通話と異なり、わずかな時間に予想外の通話料等が発生するものであり、しかも提供される情報の内容が反社会性を帯びたものも少なくない上、未成年者による無断利用のおそれも高い。他方、被告は、ダイヤルQ2事業によりQ2情報料の九パーセントという高額の情報料回収代行手数料やQ2通話料等を取得している。これらの状況を前提にすれば、少なくとも当時のダイヤルQ2には公共性も合理性もなく、このような制度に基づきQ2情報料を請求することは信義則上許されないというべきである。

(三) 右のとおり、原告には、契約約款一六二条によるQ2情報料の支払義務がないにもかかわらず、被告はこれを回収し、法律上の原因なく利得した。

〔被告の主張〕

(一) 契約約款一六二条の効力について

ダイヤルQ2は、被告の料金計算、回収システムを開放して、効率的な料金回収手段を持っていなかった情報提供者の情報提供を容易にするとともに、利用者にとっては多種多様な有益な情報を得られるようにすることを目的とする制度である。

しかし、ダイヤルQ2は、通信の秘密保護のため被告が通話者や通話内容を知ることができず、利用された加入電話は特定できても利用者の特定は事実上不可能であり、情報提供者及び利用者が多数で全国的に偏在するため、Q2情報料を個別に回収することは困難かつ煩瑣である。ところで、ダイヤルQ2の利用は契約者回線を通じて行われるものであり、加入電話は契約者が支配ないし管理しているところから、ダイヤルQ2利用者が契約者と異なる場合でも、契約者の家族等、契約者と一定の関係があるのが通常であることから、当該利用者が契約者の承諾を得ているものと考えられ、仮に、当該利用が契約者の意思に沿わないものであったとしても、契約者は利用者に求償することができる。

そこで、契約約款一六二条は、利用者が契約者と異なる場合にも、契約者にQ2情報料支払義務があることを当然の前提としてその回収をする旨規定したものであり、その内容には合理性がある。

(二) 信義則について

(1) ダイヤルQ2は日本電信電話株式会社法一条二項の附帯業務に該当し、そもそも電気通信事業法三一条の認可は必要がなく、郵政大臣への届出で足りるが、被告は、ダイヤルQ2に関する契約約款一六二条ないし一六四条を認可約款と同様に被告の各事業所に掲示したものであり、何ら手続上も問題はない。

(2) また、被告は、ダイヤルQ2の運用開始当時から、第三者機関たる倫理審査委員会を通じて、番組開通前に情報提供者が提出する番組企画書や番組開通後の定期モニターにより、間接的に倫理審査を行い、情報内容の適正化を図ってきたが、平成三年二月には倫理審査委員会の人的物的体制を整備し、同年五月には、審査基準を明文化したダイヤルQ2倫理規定を制定して情報提供者のガイドラインとし、倫理審査で不良と判断されたものについてはダイヤルQ2契約を解約するなどして改善を図ってきた。また、本件当時においても、パンフレットの配付や新聞広告などでダイヤルQ2の周知に努めており、その後も小冊子を電話料金請求書とともに送付したり、平成五年一二月分からは請求書にダイヤルQ2の仕組みの説明を記載するなどしている。このように、被告はダイヤルQ2制度の創設以来、誠実にその維持、改善に努めており、何ら信義に反する点はない。

4  争点4(原告のQ2通話料の支払義務の有無)について

〔原告の主張〕

(一) 契約約款一一八条の拘束力が妥当とされる根拠は、一般通話を前提とした電話通信の社会生活における不可欠性等の公共性から、通話料の徴収対象者を画一的に確定して徴収事務に要する経費を最小限に抑えることにより低廉な料金で通信役務を提供できるようにすることが電話通信の公共性に適うことによるものである。

(二)(1) ダイヤルQ2の違法性

ダイヤルQ2事業は、電話通信事業法三一条に違反する無認可事業の疑いがあるほか、弁護士法七二条に反する非弁行為である疑いも強い。

(2) Q2情報料とQ2通話料の一体性

有料情報サービスは、被告の電話回線を通じて提供されることからすれば、ダイヤルQ2の利用は必然的にQ2通話料の発生を伴うから、Q2情報料はQ2通話料と不可分一体とも言える密接な関係にあるから、ダイヤルQ2の創設は、被告のダイヤル通話料の増収も目的の一つとしているものと考えられるところ、現に、被告はこれにより、平成二年度において約二七八億四〇〇〇万円(うちQ2通話料約二二〇億円、回収代行手数料約六〇億円)の収入を得ている。しかも、本件当時は、一般通話料とQ2通話料及びQ2情報料が区別されないまま渾然一体のものとして契約者に請求されていた。特に、本件においては、これらを分計することもできず、まさにQ2情報料とQ2通話料は一体のものというべきである。

(3) ダイヤルQ2の公共性について

ダイヤルQ2は、本件利用がなされた平成二年当時には、制度自体の周知性を欠き、悪質業者による公序良俗に反するいわゆるピンク系の番組が横行しており、平成四年においても、いわゆるツーショット番組やパーティーライン番組、アダルト番組といった悪質ないし無意味な番組が番組全体の約七割を占めていたが、その利用にかかる通話料金等が著しく高額になることは一般に知られていなかった。そして、平成元年ないし二年ころから、本件のような子供による無断利用等の消費者被害が多発したほか、青少年に悪影響を与え、ダイヤルQ2を利用した犯罪も頻発するなど、ダイヤルQ2の弊害が社会問題化し、各方面から被告に対し制度の改善要求がなされたものである。なお、被告は、Q2情報料回収代行の問題性を自認し、多くの訴訟においてその請求を放棄している。

(三) これらの事情からすれば、少なくとも当時のダイヤルQ2には公共性も合理性もなく、電話の公共性に基づく契約約款一一八条を適用する前提を欠くから、同条をQ2通話料に適用することは信義則上許されないというべきである。したがって、被告は、原告にはQ2通話料支払義務がないにもかかわらずこれを回収してこれを不当に利得したものである。

〔被告の主張〕

(一) 信義則の適用について

通話料は、電話網という国民生活や日本経済に必要不可欠な基盤設備の維持、整備のための根幹的な原資であることから、電気通信事業法上、契約約款による認可が義務づけられ(三一条)、基本的に通話料の減免は禁止されているなど(三一条四項、同法施行規則二二条)、契約の自由が大幅に排除され、約款により一律に規制されており、被告が自由に処分できる性質のものではない。したがって、信義則という個別利益の調整原理に基づく一般法理によって通話料を減免することは基本的に許されず、仮に減免するとしても、国民一般の通話料負担の平等、公平を犠牲にしてもなお当該契約者の通話料を減免すべき極めて例外的な特別の事情が必要とされるべきものである。

(二) Q2通話料と契約約款一一八条について

(1) 契約約款一一八条は、従来、契約者自身の利用による通話料はもちろん、他人の利用による通話料についても公衆通信設備提供の公共性とその維持管理上の必要性から契約者に支払義務があるものと解されていたものを、被告の民営化の機に明確化するとともに、他人方設置制度の新設に際して通話料金支払に関する紛争を事前に防止する趣旨で制定されたものである。これは、通話料の徴収対象者を一義的に確定して徴収事務に要する経費を最小限に抑え、迅速かつ確実な電気通信役務を合理的な料金で広く公平に提供するという電気通信の公共性の要請に基づく極めて高い合理性を有する規定である。被告側としては、第三者による契約者回線からの通話料を当該利用者から徴収することは、通信の秘密の保護の必要性や利用者の特定の困難性から、法律上も事実上も不可能であるのに対し、契約者側としては、契約者を通話料支払義務者と定めても、加入電話の設置場所が限定されており、契約者がこれを支配、管理しているのであるから、第三者の通話を禁ずることも、通話を許諾した第三者に料金を求償することも可能であり、何らかの事情で管理が困難な場合は、契約者の判断により硬貨収納機能付電話機(ピンク電話機)を設置することも可能であるから、契約者に実質的に過酷な負担を強いるものではない。

したがって、契約者が特定の第三者に通話を一般的に許諾したところ、当該第三者が予期に反して長距離、長時間の電話をした場合の危険は、これを管理することが可能であった契約者が負担すべきであり、この理はダイヤルQ2利用の場合であっても異ならない。

(2) なお、契約約款制定に際しては、将来様々な電話回線利用形態が予想され、電気通信の発展に向けた迅速な対応の必要性や、通信の秘密の観点から被告が個々の利用形態を知り得ないことなどから、通話内容や利用形態ではなく、電話回線を使用するものであればすべて同一の料金を適用することとしたものであるから、いかなる形態の利用であっても、他人利用も含め、契約者回線から行った通信の通話料金については契約者に支払義務が生じるのである。そして、ダイヤルQ2による電話回線の利用は、契約約款制定時に予定されていた電話による通話そのものであるから、契約約款一一八条は当然に適用される。

(三) 信義則について

次のとおり、Q2通話料に契約約款一一八条を適用することは何ら信義則に反しない。

(1) ダイヤルQ2の違法性について

電気通信役務とは電気通信設備の提供自体を指すところ、被告がその電話回線を有料情報の授受に提供することはこれに当たるが、その提供条件は電気通信事業法三一条により認可された契約約款に基づいており、新たな認可は不要である。また、情報料回収代行サービスは、電気通信役務の提供に当たらないので、そもそも同条の認可は不要であり、日本電信電話株式会社法一条二項にいう附帯事業として同法施行規則に基づく届出で足りるものである。したがって、ダイヤルQ2事業は、違法な無認可事業ではない。

(2) Q2情報料債務とQ2通話料債務の一体性について

ア Q2情報料とQ2通話料の法的関係について

ダイヤルQ2は、①被告と契約者との加入電話契約、②被告と情報提供者との間の情報料回収代行契約及び③情報提供者と利用者との間の売買類似の無形契約である情報提供契約という、複数の二当事者間の契約関係の組み合わせに還元されるところ、このような多面的な法律関係については、各契約は相互に影響を受けないとするのが原則であり、特別の合意や特段の事情がある場合には例外的にこれらの連関が認められるにすぎないというべきである。本件においては、連関を認める特別の合意はなく、また、右特段の事情があるというためには、被告が契約者である原告と情報提供者との間の情報提供契約が不成立ないし無効となるべき事情を知り又は知り得べきでありながら、あえて原告に被告の電気通信設備を使用させたことが必要である。しかし、被告は、情報提供者の提供する情報内容等に関与しておらず、かつ、通信の秘密との関係で、通話者や通話内容を調査、規制することもできないから、原告と情報提供者との情報提供契約が有効に成立するかどうかについては関知せず、知り得るような事情もない。したがって、情報提供契約に基づくQ2情報料債務と加入電話契約に基づくQ2通話料債務の連関を認める根拠はない。

Q2情報料債権とQ2通話料債権との関係は、単に、電話回線を通じて情報の授受がなされることによりQ2情報料債権が発生し、両者の請求が一括してなされていたという関係にとどまり、両者が法的に密接な関係にあるわけではなく、Q2情報料回収代行とQ2通話料は、本来、法律上無関係であり、Q2通話料であるがゆえにその請求を認めないとする論理的関連性、必然性はなく、前記のようにダイヤルQ2は被告と情報提供者の共同事業ではないから、Q2情報料債務とQ2通話料債務は、実質上、別個独立のものである。

イ ダイヤルQ2の共同事業性について

ダイヤルQ2における被告の役割は、その電話網や料金の計算、回収システムを提供し、Q2情報料の回収を代行しているにすぎず、Q2情報料の決定や情報内容については情報提供者に委ねられており、被告はこれらには関与していない。なお、被告はQ2通話料及びQ2情報料回収代行手数料を取得するが、前者は、一般通話料と同一の基準で発生し、全額が被告に帰属するものであり、後者は、収支相償の原則に従って徴収するものであり、いずれも被告と情報提供業者がダイヤルQ2の共同収益を分配しているわけではない。したがって、ダイヤルQ2は、被告と情報提供業者の共同の収益事業ではなく、経済的にも関連がない。

(3) Q2通話料と一般通話料との同一性について

そもそも、ダイヤルQ2において被告が行うのは、従前と同一の電気通信設備の提供と、情報提供者から委託を受けたQ2情報料の計算、回収代行にとどまり、被告と契約者との間の通話料につき特別な法律関係が生じるわけではなく、契約約款一一八条による通話料算定基準には変更がなく、Q2通話料の単価は一般通話と同一料金である。したがって、通話料の高額化は、ダイヤルQ2利用の際の電話の長距離化、長時間化の程度の問題にすぎず、一般通話における長距離長電話により予期せぬ高額の通話料の請求を受けた場合と本質的に同様の事態であって、ダイヤルQ2に特有の問題ではない。

(4)ダイヤルQ2の有用性

ダイヤルQ2を利用すれば、Q2通話料とは別途にQ2情報料が発生するが、ダイヤルQ2と他の有料情報通話とは、電話回線を有料情報の授受に利用していることは同じで、情報料を被告が情報提供者に代わって電話料金と一緒に回収するか、情報提供者が別途回収するかの点で差があるにすぎない。むしろ、ダイヤルQ2は、必要な情報を必要なときに電話で容易に入手でき、情報料の支払いも簡便で、消費者にとっても有益な制度であり、様々な情報が電気通信により授受されるマルチメディア社会において、より一層その重要性を増すものと考えられる。

なお、被告は、ダイヤルQ2につき倫理審査による情報内容の適正化や、パンフレット等の広報活動により周知を図るなど、右制度の維持、改善に努めてきた。

5  争点5(被告のQ2情報料の利得の有無)について

〔原告の主張〕

(一) 被告の利得について

Q2情報料回収の実態は、被告が、契約者に対し情報提供者の名を明らかにせず、被告の名で請求しているものであるから、被告は実質的にQ2情報料の債権者として契約者から弁済を受けているものというべきである。ましてや、本件のように、Q2情報料とQ2通話料の分計表示ができなかった時期には、被告は、右の区別はもちろん、Q2通話料と一般通話料の区別もなく、渾然一体として契約者に請求していたのであり、契約者たる原告は、被告の請求を受けて法律上支払義務のないことを知らないまま、口座引き落としにより強制的に弁済させられたのであるから、被告は原告との関係でQ2情報料を不当に利得したものである。なお、被告は、原告に対し、情報提供者の代理人である旨や情報提供者の債権の回収代行である旨明示せず、被告の債権である一般通話料金と同様の方式でQ2情報料を請求したため、原告はやむなく口座引き落としによりこれを支払ったものであるから、被告には独自の利得があるというべきである。

(二) 現存利益について

(1) 本件において、被告が原告から徴収して情報提供者に支払ったQ2情報料の金額を特定できないから、被告の利得が現存しないとはいえない。なお、被告は、情報提供者からQ2情報料の一部を回収代行手数料として取得するのであるから、被告が原告から徴収したQ2情報料の全額が情報提供者に支払われたわけではない。

(2) 仮に、被告が原告から徴収したQ2情報料を情報提供者に支払ったとしても、被告が原告の不当利得返還請求に応じて結果的にQ2情報料が回収できないことになった場合、被告と情報提供者との間のQ2情報料の回収代行に関するダイヤルQ2契約により、被告は情報提供者に対し右支払金額の返還を請求できることになっているから、被告はなお右返還請求権の価値に相当する利益を有しているというべきである。

〔被告の主張〕

(一) 被告の利得について

(1) Q2情報料は、情報提供者が利用者に対する有料情報提供の対価として、契約者から回収するものであるから、情報提供者が不当な利得を得るわけではない。したがって、情報提供者と被告との間の回収代行契約により、契約者からQ2情報料を受領する代理権を与えられてこれを回収する被告は、情報提供者の代理人として契約者からこれを受領したにすぎないから利得がない。

(2) また、利用者は、契約者に対し、情報提供者に対するQ2情報料の立替払いを依頼したものであるから、利用者が契約者に無断でダイヤルQ2を利用した場合など、立替払契約に瑕疵があっても、情報提供者と利用者間の情報提供契約が有効であれば、情報提供者は受領した情報料を保持でき、後は契約者が利用者に対し求償権を行使して清算すべきであるから、契約者には損失もない。

(3) また、一般に、ダイヤルQ2の利用者は、契約者による右利用料金の支払いを期待し、契約者は電話料金の一部に家族等の第三者の利用による料金が含まれていることを認識しながらこれを支払っているのが通常であるから、契約者の情報提供者ないし被告に対するQ2情報料の支払いは、利用者の情報提供者に対する債務を第三者弁済したものともいえる。

(4) なお、仮に、情報提供者が被告を通じて契約者から回収したQ2情報料を保持することが許されないとしても、被告は、情報提供者との間のダイヤルQ2契約により契約者から右情報料の回収代行権限を与えられており、このことは契約約款一六二条に明記され契約者の承諾を得ているから、被告に対してこれを請求をすることはできない。

(二) 現存利益について

仮に、Q2情報料につき被告に対する不当利得が認められるとしても、被告は、本件平成二年九月分ないし一一月分のQ2情報料相当額については、既に全額情報提供者に支払済みであるから、利益は現存していない。

四  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件ダイヤルQ2利用当時の加入電話契約者は誰か)について

本件電話は、契約者であった亡夫が平成元年六月二二日に死亡した後、平成二年一〇月一五日に相続を理由とする長男名義の承継申請がなされるまでは亡夫名義のままであったが、電話料金は原告口座から引き落とすよう変更され、現実に引き落とされていたことは前記第二の一1、2のとおりであり、証拠(甲六の2、一二、一四、原告本人)によれば、亡夫の相続人は、妻である原告と、子である長女乙山夏子(以下「長女」という。)、長男及び次女の四名であり、そのころ既に長女は嫁いでおり本件電話を利用する関係になく、原告と同居していた長男は当時二二歳、次女は当時一七歳の若年者であったことから、本件電話については原告が単独相続することになり、前述のように原告においてその料金の支払いをするようになったことが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。したがって、本件ダイヤルQ2利用当時の本件加入電話契約者は原告であり、次女による右利用は、契約者以外の第三者による利用にあたる。

二  争点2(本件ダイヤルQ2利用についての原告承諾の有無)について

1  前記第二の一2のとおり、原告は、同年九月一〇日すぎころ、同月分の高額な電話料金の請求を受けて被告に問い合わせたのを契機に、次女による本件ダイヤルQ2利用を知ったのであるから、同日ころまでのダイヤルQ2利用は本件電話の加入契約者である原告に無断でなされたものであると認められる。

2(一)  ところで、同年九月分ないし一一月分の各ダイヤル通話料はいずれも前月の二〇日ころまでの一か月間の利用にかかるもので、一般通話料のほか、次女が利用したダイヤルQ2の通話料及び情報料も含まれていたこと、右ダイヤル通話料を含む電話料金は、いずれも当月二〇日ころの各支払期日に原告口座から自動引き落としの方法により被告に支払われたことは前記第二の一2のとおりであり、また、原告本人の供述によれば、次女が夜中に電話していることは以前から知っていたが、同年九月分の電話料金が高額であったため、同人に対し、「こんな金額になるんだったら困るからやめなさい。」などと叱ったものの、当時次女は登校拒否の状態にあったことや亡夫が亡くなった後でもあったことから、ショックを与えないようあまり強くは言わず、次女はその後も夜中の電話を続け、原告もこれを知っていたことが認められ、これらの事実からすれば、一見、原告は、同年九月一〇日すぎころに右利用を知り、それまでの無断利用については事後的に承認して電話料金を支払い、それ以降の利用については黙示の承諾を与えていたものとも考えられなくはない。

(二)(1)  しかし、原告本人の供述によれば、原告は、同年九月にダイヤルQ2の存在を知ったものの、その内容については被告や次女から特段の説明がなく、自ら利用したこともなかったため、天気予報のようなものと理解したにすぎず、その仕組みについては知る由もなく、ダイヤル通話料金が高額化した原因は、次女が夜中に友達と長電話しているためであって、被告から請求された電話料金は支払わざるを得ないと思い込んでいたことが認められるところ、前記第二の一3のとおり、ダイヤルQ2サービスが開始されたのは平成元年七月で、本件当時の平成二年一〇月ころにようやく全国的に利用可能となったばかりであることからすれば、原告がダイヤルQ2につき右の程度の認識しか持っていなかったとしても無理からぬことである。

また、甲第九号証の1ないし8によれば、本件ダイヤルQ2利用以前の平成元年一二月分から平成二年八月分の本件電話の一か月あたりのダイヤル通話料は、最大三万八〇三〇円、平均一万三九一八円にすぎなかったことが認められるところ、これらの料金に比べ、同年九月分のダイヤル通話料は三三万五〇二〇円と極めて高額であることに、原告のダイヤルQ2の認識が右認定のようなものであったこと、さらに、右通話料の支払方法が自動引き落としであることを考慮すれば、原告が右通話料を支払ったことをもって、ダイヤルQ2の利用を事後的に承諾したものとはいいがたい。

(2) また、原告は、同年一〇月一五日、本件電話の名義変更と料金明細登録の手続をしたことは前記第二の一2のとおりであり、証拠(甲九の10ないし13、一〇、一一、原告本人)によれば、原告は、右手続の契機となった同年一〇月分の高額な電話料金請求を受けた際に、次女に対し、「こんなのは困るのでお兄ちゃんに名義変えたから、今度高額の請求が来たら絶対に分かるからいけません。」などと前回よりも強く叱り、長男からも、電話料金は一万円までしか払わない旨言い聞かせたこと、現に、本件電話の同年一二月分以降の電話料金引き落とし口座は、長男の口座に変更され、同月分のダイヤル通話料(利用期間 同年一〇月二〇日から同年一一月一九日)は一万八〇六〇円であり、電話番号が〇九九〇で始まるダイヤルQ2の利用はなかったこと、それでも、右電話料金が約束の一万円を越えたことから、原告は、同年一二月二一日、原告名義で次女用に新たな加入電話(電話番号〇七二六―三七―九二四七番)を原告宅に増設し、その電話料金は自己の小遣いで支払わせるようにしたところ、本件電話の平成三年一月分以降のダイヤル通話料金は三〇〇〇円程度に収まったことが認められる。これらの事実によれば、原告は、平成二年九月一〇日すぎに次女の本件ダイヤルQ2利用を知った後も、その利用を承認していたものではないというべきである。

(三)  したがって、平成二年九月分ないし一一月分の電話料金請求にかかる次女の本件ダイヤルQ2利用につき、原告の事前ないし事後の承諾はなかったものと認められる。

三  ダイヤルQ2の仕組みについて

加入電話の契約者がダイヤルQ2を利用した場合は、前記第二の一3のとおり契約者がその利用料金を支払うことになるが、本件においては、契約者と利用者が別人であり、このような場合にも契約者は支払義務を負うのかどうか、争点3及び4につき判断する前提として、ダイヤルQ2に関する契約者、利用者、情報提供者及び被告の四者間の契約関係につき触れておく。

1  利用者と情報提供者との関係

利用者と情報提供者は、ダイヤルQ2における情報授受の当事者であり、利用者が特定の情報提供番組に電話をかけて情報提供者から有料情報の提供を受けることにより、利用者と情報提供者との間で売買契約類似の無名契約というべき情報提供契約が成立し、利用者は情報の対価として情報提供者に対するQ2情報料債務を負うと解される。

2  情報提供者と被告との関係

被告と情報提供者との間のQ2情報料回収代行契約に基づき、被告は、情報提供者に代わってQ2情報料を計算し、利用者からこれを回収して情報提供者に支払い、回収手数料として月額一万七〇〇〇円及び情報料の九パーセントを取得する旨の有償委任契約関係が成立する(甲八)。

3  被告と契約者の関係

被告と契約者との間の加入電話契約は、契約約款により一律に規律されている。被告は契約者に電話回線を利用させ、契約者には、利用の対価である通話料の支払義務が発生するが、通話料については、契約約款一一八条により、契約者以外の第三者による契約者回線の利用にかかる場合でも契約者が支払義務を負う旨規定されている。

また、右約款一六二条及び一六三条は、契約回線からのダイヤルQ2利用については、それが契約者以外の第三者の利用であっても、被告が契約者から情報提供者に代わってそのQ2情報料を回収する旨定めている。

四  争点3(原告のQ2情報料の支払義務の有無)について

1  前記三1のとおり、利用者がダイヤルQ2の電話番号に電話して情報を受け取ることにより、情報提供者との間で情報提供契約が成立し、利用者はQ2情報料債務を負うものと解される。したがって、利用者が契約者以外の第三者である場合、契約者と情報提供者との間には何ら契約関係が発生するわけではないから、契約者自身が利用者の情報料債務を負担することを承諾しているなど特段の事情がない限り、契約者が当然に右債務を負担すべき理由はない。

2  ところで、被告は、契約約款一六二条で、ダイヤルQ2の利用者及び加入電話契約者に対し、情報提供者に支払うべきQ2情報料を被告が情報提供者に代わって回収することの承諾があったものとみなし、契約者からQ2情報料を回収することを予定しているため、同条により契約者が情報提供者に対するQ2情報料債務を負うことになるのか否かが問題となる。

そもそも、他人の行為によって債務を負担することはないのが契約法上の原則であり、被告主張の情報提供における提供者、利用者の利便、情報料回収の困難や電話回線利用の特性等を考慮しても、契約者が右負担を承諾しない限りは、他人の負担すべき情報料債務を負担させることはできない。そして、契約約款一六二条により、契約者が当然に情報提供者に対するQ2情報料債務を負担することを承諾したものと解することはできない。右条項は、契約者が支払うべき情報料債務について被告がこれを情報提供者に代わって契約者から回収することの承諾を定めているにすぎず、契約者が支払いを承諾していないQ2情報料債務についてまで支払うことを承諾したものと解することはできないというべきである。

3  したがって、本件ダイヤルQ2利用は、前判示のとおり、次女が原告に無断で利用したものであるから、原告には右利用にかかるQ2情報料支払義務はない。

五  争点4(原告のQ2通話料の支払義務の有無)について

1 契約約款一一八条は、加入電話契約者は、契約回線からなされた通話については、第三者による通話も含めて、被告に通話料を支払う旨規定している。これは、日常生活に不可欠な電気通信の公共性に鑑み、通話料の支払義務者を一義的に確定して定型的に処理することにより徴収事務に要する経費を最小限に抑え、電気通信役務を合理的料金で広く提供することを目的とするものであり、合理性があり、契約者もこれを承知している。したがって、契約者は、第三者が契約者回線を利用したことによる通話料についても、個別の承諾の有無を問わず、その支払義務を負うというべきである。また、通話料は、電気通信事業法三一条、同法施行規則二二条、契約約款一一八条により一律に定められ、一定の場合以外は減免できないとされていることからすれば、通話の態様や内容、通話料金の多寡とは無関係に、契約者がその支払義務を負うものというべきである。

2 ところで、ダイヤルQ2の利用形態は、利用者が被告の電話回線を利用して特定の番号に電話をかけて有料情報を聴取するものであること、一般通話料もQ2通話料も同一基準で設定されていることは、前記第二の一3のとおりであり、ダイヤルQ2利用の際の通話は、契約約款が予定していた一般通話とは通話先及び通話内容が異なるにすぎず、被告の電話回線を利用して通信することや通話料金基準などは違いがない。したがって、契約約款一一八条が前記のような趣旨に基づくものであり、通話の態様や内容、通話料金の多寡に関係なく適用されることからすれば、Q2通話料についても右規定の適用があると解するのが相当である。したがって、原告は、被告に対し、次女が無断でダイヤルQ2を利用したことによるQ2通話料支払義務を負うものといわざるを得ない。

3(一)  なお、原告は、ダイヤルQ2制度自体の違法性やダイヤルQ2には公共性も合理性もないから、契約約款一一八条を適用することは信義則上許されない旨主張するが、いずれも以下に述べるように理由がない。

(二)  ダイヤルQ2の違法性について

原告は、ダイヤルQ2は電気通信事業法三一条に違反する無認可事業の疑いがあるほか、弁護士法七二条に反する疑いもある旨主張する。

しかし、ダイヤルQ2は情報提供サービスと情報料回収代行サービスからなるところ、前者につき、被告の電話網を提供することは電気通信役務の提供に当たるが、前判示のとおり、ダイヤルQ2による通話と一般通話は電話回線の利用形態において何ら異ならず、その提供条件は電気通信事業法三一条の認可を受けた契約約款によっているから新たな認可は必要ではなく、後者については、電気通信役務の提供には当たらないので、右規定による認可は不要である。

また、ダイヤルQ2が被告の電話回線を利用した情報提供サービスで、被告自身の債権であるQ2通話料の回収の必要性もあり、これらを同時に徴収することには合理性もあるから、被告によるQ2情報料の回収代行が、通話料の請求事務とは異質のものとして、弁護士法七二条の法律事件に関する法律事務を報酬を得る目的で取り扱っているとまで認めることはできない。

したがって、ダイヤルQ2に原告主張の違法はない。

(三)  ダイヤルQ2の公共性について

(1) 原告は、ダイヤルQ2の本件当時の実態、Q2情報料とQ2通話料の一体性等を理由に、ダイヤルQ2には契約約款一一八条の適用の前提たる公共性も合理性もない旨主張する。

なるほど、証拠(甲二一、二三の1ないし4、乙五、六の2、3、6、9ないし11、13、15、17ないし20、一二の69、70、101、102、107、一三の4)によれば、ダイヤルQ2は、Q2通話料に加えて情報提供者が設定するQ2情報料が課金されるため、一般通話より利用料金が高額化しやすいこと、ダイヤルQ2サービス提供が開始された本件当時、いわゆるツーショット番組やパーティーライン番組、アダルト番組等、有害無益な番組が少なくなかったこと、ダイヤルQ2の料金体系や情報内容については必ずしも社会一般に周知されていなかったこと、そのため、子供の無断利用等による電話料金の高額化や低俗な番組による青少年への悪影響等が社会問題化し、被告は、倫理審査の強化や各種規制の設定等の対応を迫られたことが認められる。また、ダイヤルQ2における情報提供が被告の電話回線を通じて行われる以上、その利用に際しQ2通話料が不可避的に発生すること、被告はQ2通話料とQ2情報料の合算基準である合成秒数に従って課金するため、両者が一体となって発生するように見えること、被告は、本件当時、契約者に対し、一般通話料とQ2通話料、Q2情報料を区別せず「ダイヤル通話料」として一括して請求していたこと、被告は情報提供者からQ2情報料に比例した回収代行手数料を徴収していることは前記第二の一3のとおりである。これらの事実からすれば、一見、ダイヤルQ2は被告と情報提供者の共同事業であり、Q2情報料とQ2通話料は、ダイヤルQ2の利用料金として一体のものであるかのようにもみえる。

(2)①  しかし、前記三のとおり、加入電話契約者の被告に対するQ2通話料債務と、利用者の情報提供者に対するQ2情報料債務は、異なる当事者間の個別の契約関係に基づいて発生するものであるから、両者の間には法律上の牽連関係はないというべきである。両債務がダイヤルQ2の利用開始と同時に発生し、利用時間に比例してそれぞれ増加するのは、電話回線を通じた情報提供というダイヤルQ2の性質に基づくもので、事実上の関連性にすぎず、法的な相互依存関係があるわけではない。

このように、Q2情報料債務とQ2通話料債務は、それぞれの発生、存続、消滅につき法的に区別できるほか、前記第二の一3のとおり、被告は分計のための合成秒数を設定してこれを基準にQ2通話料とQ2情報料を算定していたものであり、両者が渾然一体の不可分な料金を形成していたわけではなく、たまたま、本件については、現在、分計記録が残っていないために再分計することができないというにすぎない。

また、被告の回収代行手数料については、情報料回収代行サービスが日本電信電話株式会社法一条二項の附帯事業であることは前判示のとおりであり、同法施行規則一条によれば、附帯事業については収支相償、すなわち、もっぱら被告の利益を目的として行ってはならないとされるところ、番組あたり月額一万七〇〇〇円及び当該情報料の九パーセントという回収代行手数料が収支相償の原則を逸脱しているとまではいえず、したがって、直ちに被告と情報提供者との共同事業性を裏付けるものともいいがたい。

したがって、Q2情報料債務とQ2通話料債務は、事実上の関連性を有するにすぎず、法的あるいは経済的に不可分一体なものであるということはできない。

②  また、ダイヤルQ2制度自体は、全国的に設置され、日常的に利用されている被告の電話網やその料金システム等を情報提供者に開放し、情報提供者の情報提供を容易にするとともに、一般人がこれらの様々な情報を簡易迅速に取得することを可能にする点で有用な制度であるということができ、実際に提供される情報の内容も多種多様であるところ(乙八ないし一一)、情報の内容や利用方法が適切である限りは、特段非難されるべきものではない。

もっとも、被告は、ダイヤルQ2における成人向け番組の氾濫を予測できたにもかかわらず(乙一二の5)、当初から利用規制等の対策を講じることなく安易に制度の運用を開始し、その結果、前記のような未成年者による低俗番組の無断利用等の社会問題の発生を招いたことは否定できず、被告にも落ち度がある。しかし、他方で、情報内容は情報提供者が、利用番組の選択は利用者が、それぞれ自由に決定できるのに対し、被告は、通信の秘密の保護や利用の公平の観点からして、番組内容については間接的な倫理審査をなしうるにとどまり、個々の利用内容については、これを調査、規制することは法律上も事実上も困難であり、情報提供者や利用者の規範意識に委ねざるを得ない部分があることも認めざるを得ない。したがって、前記問題状況の発生は、運用開始当時の制度自体の不備もさりながら、被告の管理可能範囲を超えて情報提供者や利用者個人の責任によるところも大きいというべきであるから、被告のみにその責任があるともいい難い。

③  また、利用料金の高額化については、前記第二の一3のとおり、番組の最初に利用料金の案内がされるから、一般通話と同様に利用時間に比例して料金が増加することは容易に理解できるところ、あえて長時間ないし頻回にわたってこれを利用した利用者自身に責任があるといわざるを得ない。

そして、電話回線の利用の対価である通話料については、前判示のとおり、契約約款一一八条により、通話の態様や内容、通話料の多寡とは無関係に契約者が支払義務を負うところ、一般通話において、いわゆる長電話や長距離電話等により通話料が高額になったからといって、通話料の減免が許されるわけではないことは明らかである。そして、前記のとおり、Q2通話料と一般通話料とに違いはないから、ダイヤルQ2の利用によるQ2通話料の高額化を理由にその減免をすることはできない。むしろ、本件においては、前記二2(一)のとおり、原告が、次女による夜間の電話利用の事実を知りながら、これを黙認していたものであるから、ダイヤルQ2の利用であるかどうかは知らずとも、これに対応する通話料債務の発生は認識していたものというべきである。

④  なお、本件当時、ダイヤルQ2の周知性に欠けるところがあったとしても、利用者自身は当然に一定の知識、理解を有していたものと考えられるし、周知性があったからといって、必ずしも契約者において第三者の無断利用を規制できるとは限らず、現に、原告は、前判示のとおり、次女のダイヤルQ2利用事実を知った後も、ダイヤルQ2の内容を知ろうともせず、次女が夜中に度々誰かに電話していることを黙認していたものであり、周知性の有無がQ2通話料債務の発生を左右すべきものとは解されない。

(四) これらの事情を総合すると、本件において、被告が、原告の次女のダイヤルQ2利用にかかるQ2通話料につき、契約約款一一八条を適用して、加入電話契約者たる原告にその支払いを請求することが信義則に反するとまで認めることはできないといわざるを得ない。

六  争点5(被告の利得の有無)

1  原告の本件不当利得返還請求金額には、Q2情報料、Q2通話料のほか、一般通話料も含まれていることが明らかであるが(甲一ないし三、九の1ないし13、弁論の全趣旨)、一般通話料については、契約約款一一八条により、原告は被告に対してこれを支払う義務があり、また、Q2通話料についても、前判示のとおり原告に支払義務があるから、原告が被告に対して支払ったダイヤル通話料のうち、これらの通話料相当額は被告の不当利得を構成しない。

2  これに対し、本件Q2情報料については、前記四のとおり、原告に支払義務がないから、原告が被告に対して支払ったダイヤル通話料のうち、Q2情報料相当額につき被告の不当利得が成立する。

なお、被告は、情報提供者の代理人としてQ2情報料を回収したにすぎないから利得がない旨主張するが、証拠(甲一ないし三、乙四、原告本人)によれば、被告は、契約者に対し、自己の債権である通話料債権等とともに情報提供者の債権であるQ2情報料債権をダイヤル通話料中に合算して請求、回収の上、Q2情報料相当額を情報提供者に引き渡すこと、右請求書には、被告が情報提供者に代わってQ2情報料の回収を行う旨の記載がないため、すべて被告自身の債権であるかのような外観を呈していたこと、現に、原告は、被告に対する債務と理解して本件Q2情報料を含む電話料金の引き落としに応じたことが認められ、これらの事情からすると、原告から被告に対しQ2情報料相当額の財貨の移転があったものといえ、被告に利得が生じたというべきである。

また、被告は、原告が、利用者である次女の情報提供者に対するQ2情報料債務を立替払いないし第三者弁済したものであるから、情報提供者や被告には利得がなく、原告は次女に対する求償権を有するから損失もない旨主張するが、前記のとおり、原告は、被告の請求により、自己の債務として口座引き落としに応じたものであるから、被告の右主張はいずれも採用できない。

3(一)  しかしながら、乙第四号証及び弁論の全趣旨によれば、本件当時のQ2情報料については、被告において、月毎に当月分の利用にかかる番組毎の情報料を計算し、翌々月に情報提供者に支払う仕組みになっており、原告の次女がダイヤルQ2を利用した平成二年七月から同年一〇月までの利用期間におけるダイヤルQ2の全番組の全情報料は、既に被告から情報提供者に支払済みであることが認められる。また、被告がQ2情報料から取得した回収代行手数料については、前記五3(三)(2)①のとおり、回収代行サービスが附帯事業として被告の利益を目的とせず、被告がQ2情報料を計算して個々の契約者から回収していることに照らせば、所定の金額が収支相償の原則を逸脱するものとまでいうことはできない。したがって、被告にはQ2情報料に関する利得は現存しないと認めるのが相当である。

なお、原告は、被告が回収したQ2情報料を情報提供者に支払済みであったとしても、被告は、事後的にせよ情報料の回収不能が判明した場合には、情報提供者との間の回収代行に関するダイヤルQ2契約により、情報提供者に対し、支払った情報料の返還を請求できるから、被告には右返還請求権の価値に相当する利得が存在する旨主張するが、甲第八号証、二一号証によれば、当時のダイヤルQ2契約に右返還請求できる旨の規定があったと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。仮に、被告において返還請求をなし得る事由があったとしても、本件においては、前記第二の一2のとおり、原告の次女が利用した情報提供番組及びその提供者を特定することができない状況にあり、被告が当該情報提供者に対して本件Q2情報料の返還を請求することは不可能であって、被告に利得が現存するとは認められない。

(二)  なお、被告はこのように現存利益の不存在による不当利得返還請求権の消滅を主張し、Q2情報料を原告から取得する法律上の原因がないことについての被告の善意を前提にしているものと解されるところ、ダイヤルQ2制度は、前記三のとおり、三者ないし四者間の複数の契約関係が錯綜する複雑なものであることや、本件当時は、ダイヤルQ2の運用開始後まもない時期で、被告が契約約款一六二条に基づき契約者からQ2情報料を回収できると信じることに疑問を抱くべき状況にあったと認めるに足る証拠はなく、他に被告の悪意をうかがわせるような事情もないから、被告はQ2情報料の不当利得につき善意であったものと認めるのが相当である。

七  結論

よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松本哲泓 裁判官村田文也 裁判官廣瀬千恵)

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